クラブ紹介 CLUB INTRODUCTION

クラブの概要 / OUTLINES

クラブ名称

郡山ロータリークラブ

創立・発会日

昭和11年5月19日

初代会長

橋本 萬右衛門

スポンサークラブ

東京ロータリークラブ

RI承認

昭和11月6月8日

RI再承認

昭和25年10月30日

登録番号

3992番

区域

郡山市のうち、県道57号郡山大越線と県道17号郡山停車場線を結ぶ線を境としてその東部、県道65号小野郡山線より北部、逢瀬川から県道57号郡山大越線を結ぶ線より南部地域。

事務所

〒963-8001 福島県郡山市大町1-2-17 大一ビル1F (Google Map)
TEL: 024-923-0729
FAX: 024-939-5678

例会場

郡山ビューホテルアネックス (Google Map)

例会日

毎週木曜日 12:30 - 13:30

会員数

100名 (2021年7月現在)

クラブのあゆみ / HISTORY

郡山ロータリークラブの誕生

1936年 (昭和11年) 3月20日、米山梅吉先生 (日本ロータリーの創設者)が郡山ロータリークラブ創立の為、キーメンを招集して指導を行いました。
こうして郡山ロータリークラブは初代会長の橋本萬右衛門氏を始め、チャーターメンバー (創設メンバー) の28名で、第70区 (全国一区) として東北で最初に誕生しました。
発会式の際に、シカゴ本部代表元RI会長ドクター・C・マッカロー博士夫婦、第70区ガバナー事務所幹事の芝染太郎氏、東京ロータリークラブ代表の持田巽博士、小林雅一氏等のご臨席を仰ぎ、世界で第3992番目のクラブナンバーをいただきました。

最初の当クラブの名称は「KORIYAMA CITY RC」といい、これは当時まだ町であった大和の郡山と間違わぬようにと、手島友健氏が意識的に命名したものです。

発会当時の役員は、会長に橋本萬右衛門、幹事に大島正、副会長に佐藤傳三郎、大平勗、会計幹事に遠藤安一郎、会場監督に滝田保、理事に橋本萬右衛門、佐藤傳三郎、大平勗、島村芳三、広川憲、福内和介、金森五郎、安藤久兵衛、鈴木正雄、佐藤安二の諸氏でした。

発会から1年後の昭和12年6月19日にチャーターナイトが催され、式には、当時の佐藤昌介ガバナー、米山梅吉氏、井坂孝氏、村田省三氏、朝吹常吉氏の各元ガバナー、里見純吉ガバナーノミニーの外、日本を代表する財界人が多数郡山を訪れ、東北一の工業地帯に成長した郡山の面目躍如たる記念すべき日となりました。

戦時中は金曜会

その後全国が3区となり、当クラブは日本東部地区 (第70区) に属しました。昭和15年には一時RIから脱退しましたが、戦時中も金曜会と称し、会合が続けられました。

昭和25年の再承認

1951年 (昭和25年) の再承認。会員数は28名。当時は第60区 (全国一区) で、ガバナー代理として東京から小林雅一氏とスポンサークラブ代表の柏原孫左衛門氏らを迎え、発会式が挙行されました。

その後地区の変更より、第352区 (東北一区) に所属し、昭和40年地区再編成により、第353区 (福島・山形・秋田) に編入され、更に48年地区再編成により、第353区 (福島・山形) に編入され、52~53年より第253区になり、平成3~4年より第2530地区 (福島) となり現代に至っております。

その間、兼子俊一氏 (故) 、平松信武氏 (故) 、作田正治氏 (故) 、初瀬行雄氏 (故) の4名のガバナーを輩出し、地区のロータリー運営に尽力してまいりました。

最後に

最後に当クラブは、国際ロータリーの最終目的である「世界理解と平和親睦への寄与」を目標としてロータリー活動に邁進することをお誓い申し上げ、結びとさせていただきます。

創立年の役員 / FOUNDING OFFICERS

會長

橋本 萬右衛門

副會長

大平 勗 / 佐藤 傳三郎

理事

安藤 久兵衛 / 福内 和介 / 橋本 萬右衛門 / 金森 五郎 / 大平 勗 / 佐藤 傳三郎 / 佐藤 安二 / 鈴木 正雄

幹事

大島 正

會計

遠藤 安一郎

S.A.A.

瀧田 保

創立年の会員 / FOUNDING MEMBERS

※五十音順。チャーターメンバーは、創立時 (昭和11年3月) からの会員。

※チ‥‥チャーターメンバー。創立時 (昭和11年3月) からの会員。

※表内を左右にスワイプすることで、表全体をご覧いただけます。

氏名 職業分類 事業所 ャーターメンバー
安藤 久兵衛 印刷業 不二印刷所主
今泉 得三 百貨店 株式会社丸伊呉服店社長
薄井 貢 毛織物業 合名会社「うすゐ」代表社員
遠藤 安一郎 貯蓄銀行代理業 澤屋本店主
大島 正 火災保険業 合資会社信興社代表社員
大平 勗 内科医 太田病院副院長
金森 五郎 精神科医 郡山脳病院長
齋藤 清雄 電気業 大日本電力株式会社郡山事務所長
齋藤 久之丞 和洋紙販売業 富久商店主
齋藤 秀雄 証券業 合資会社丸大株式店代表社員
佐藤 傳三郎 山林業 佐藤本店主
佐藤 春三郎 病院経営 郡山病院長
佐藤 正雄 口腔外科 佐藤歯科医院主
佐藤 安二 商業銀行 株式会社郡山商業銀行常務取締役
鴫原 専次郎 材木販売業 扇屋材木店主
鴫原 彌作 綿絲販売業 扇谷本店主
島村 芳三 人造羊毛業 日東紡績株式会社郡山第二工場長
鈴木 正雄 製粉販売業 鈴木合名会社代表社員
瀧田 保 家屋賃貸業 郡山土地建物株式会社常務取締役
高田 重 三等郵便局 郡山清水台郵便局長
内藤 圓治 人造羊毛業 日東紡績株式会社取締役
根本 祐太郎 薬剤師 合名会社根本商店代表社員
橋本 新一 呉服業 八島屋呉服店
橋本 萬右衛門 土地経営 橋本合名会社社長
広川 憲 人造羊毛業 日東紡績株式会社郡山第一工場長
廣瀬 基 曹達製造業 保土谷曹達株式会社郡山工場長
福内 和介 金融業 福内合名会社代表社員
星 興吉 割烹業 「星輝 (セイキ) 」主
武藤 實 歯科医 武藤歯科医院主
森 平八 酒類販売業 森商店主
山田 一郎 弁護士 山田法律事務所主
遊佐 丑松 特殊金融 郡山無盡株式会社専務取締役
渡邊 健次 写真機商 松尾屋商店主
渡邊 棄吉 旅館業 和久屋旅館主

歴代会長 / PAST PRESIDENTS

昭和

昭和11-25年
橋本 萬右衛門
昭和26年
福内 和介
昭和27-28年
金森 五郎
昭和29-30年
太田 辰雄
昭和31-32年
兼子 俊一
昭和33-34年
新城 栄一
昭和35年
金森 五郎
昭和36年
藤田 栄久
昭和37-38年
平松 信武
昭和39-40年
黒沢 忠直
昭和41-42年
長尾 重延
昭和43年
渡辺 安衛
昭和44-45年
作田 正治
昭和46年
栁沼 恒五郎
昭和47年
遠藤 弥三次
昭和48年
滝田 元二
昭和49年
鈴木 壮一
昭和50年
阿部 博
昭和51年
山下 幸雄
昭和52年
山ノ井 総雄
昭和53年
金森 健
昭和54年
初瀬 行雄
昭和55年
三澤 敬典
昭和56年
安藤 真男
昭和57年
小林 邦利
昭和58年
湯浅 恭一
昭和59年
今泉 龍造
昭和60年
斎藤 弥三郎
昭和61年
嶋 日出夫
昭和62年
高橋 光男
昭和63年
滝田 金之介

平成

平成元年
増子 康
平成2年
木下 隆夫
平成3年
馬場 一郎
平成4年
宮本 一郎
平成5年
新城 義雄
平成6年
安藤 澄男
平成7年
伊藤 寿彦
平成8年
佐久間 崇之
平成9年
池田 惣一
平成10年
武田 良夫
平成11年
阿部 貞彦
平成12年
関川 榮
平成13年
鈴木 多門
平成14年
橋本 善郎
平成15年
菊池 勝
平成16年
福内 一浩
平成17年
根本 鎮郎
平成18年
太田 宏
平成19年
高橋 良和
平成20年
今泉 正規
平成21年
林 誠
平成22年
石井 敏久
平成23年
遠藤 喜志雄
平成24年
神山 英司
平成25年
鈴木 禎夫
平成26年
石黒 秀司
平成27年
大野 勝久
平成28年
遠藤 友紀晴
平成29年
湯浅 大郎
平成30年
初瀬 照夫

令和

令和元年
関根 信
令和2年
池田 達哉
令和3年
福島 佳之

クラブのバナー / BANNER

  • はなかつみ
  • 郡山ロータリークラブのバナー

当クラブのバナーの図案は、「はなかつみ」 (学名ヒメシャガ) です。

俳聖芭蕉が郡山近くを通った際の紀行文「奥の細道」に出てくる、
「安積町あり道より近し (中略) いずれの草を花がつみとはいふぞと人々に尋ね侍れども更に知る人なし ぬまを尋ね人に問いかつみかつみと尋ねあるきて日は山の端にかかりぬ。」
の中にある「花かつみ」のことは、学者によっては植物名を異にしていますが、当郡山地方ではヒメシャガ (アヤメ科) を「花かつみ」と呼んでおりますので、これを図案化したものです。

芭蕉が「花かつみ」として尋ねた源は、古今集の、
みちのくの安積のぬまの花かつみ かつみる人にこいやわたらん
の歌によってさがしたものだと思います。
現在ヒメシャガは野生のものは当地方には見当たりません。福島市の奥の方には実在するとのことです。庭園では本県各地で植えておきます。

(故 長尾重延会員記)